現代人は承認を欲している。
私達は将来の社会的承認を得るため難関大学に入り、友人からの承認を得るためサークルに入り、より深い承認を得るため恋人を欲し、フォロワーからの承認を得るためSNSに写真を投稿する。
私達は承認欲求が肥大化し、承認に飢えた時代に生きている。かつて当たり前のようにあった共同体からの承認は、共同体の解体により消え、コミュニケーションツールの発達は承認の満足を与えず
、その欲求ばかりを刺激する。
そんな時代に「承認をめぐる病」が増えるのは当然だろう。しかし、承認に関連した現代人の精神状態についてきちんと考えたことのある人は少ないのではないか。その視座を与
えてくれるのが本書である。
本書の本文は一七の章からなっており、各章のテーマを通して現代人の精神が分析されている。テーマはもちろん、そのときに使われる手法、視点はとにかく様々である。サブカル
チャー、犯罪事件、精神医学、哲学、…通して見てみると、総動員といった感じである。多様な題材を扱いつつ、若者を中心とした精神分析が本書では展開されているが、「キャラ」という概念を頼りに話が進
む場面が多い。
ここで軽く、その展開の一部について述べたい。「キャラ」とはキャラクターの略のことで、最近では自分の性格、特徴を表すのによく使われる。人格の同一性を示すのみならず、成長や変化を
嫌い、知人との関係性や社会観を固定化する効果もある。その結果、スクールカーストの維持や、社会は変わらないという意識へと繋がっている、という説明がなされる。
「良い子」について書かれた本文の内 容についても、印象に残ったので紹介したい。所謂優等生で、親から言われたことをやる「良い子」が思春期以降抱えがちな問題点について第四章で言及されていた。「良い子」は親から目標や条件付きの承認
を得られることで、思春期以降に家族以外の他者との関係や、自己評価について問題を抱えてしまいがちになってしまうという話である。「良い子」の特徴には自分も当てはまるものがあり、読んでいて耳が痛
かった。この章の話は東大生の中にも当てはまる人が多いのではないかと思う。
本書のまえがきでは、当たり前だと見なされている構造的状況に対して、分析を用い、意識化して対抗する戦略が勧められていた 。自分も含めた若者の精神について、問題意識がありながらも構造的問題に真っ向から向かっていくだけの力が無い私としては、とても共感できる姿勢であった。
本全体を通して見ると、文中での論理は必ずしも強固なエビデンスやデータによる支持があるとは限らない。もちろん医学的に根拠が必要な箇所には適宜論文や文献などが参照されている。だが、作者の意見、仮説に基づく説得が使われることもあり、これ
は弱点でもあると思う。
しかし、そうでありながら展開される論理は納得できるようなものばかりであり、現代を的確に捉えていると思ってしまうのだから興味深い。
本書の最後には、二〇一六年度センター評 論に文章が使われた社会学者、土井隆義の解説が寄せられている。人からキャラを求められ、限定されたコミュニケーションの形しか想定しない「コミュニケーション能力」ばかりがちやほやされる現状に問題
意識を持つ私としては、キャラが求められる必然的社会状況と解決策についての解説は、読んでいて励まされているかのような気持ちであった。
作者は現代の分析を通して精神分析や治療をしているのに対して 、本書の読者は、治療を通して見えてくる現代人の姿を知ることができるのではないか。私達が本書を読む意味があるとすればこの点なのではないか。自分の、あるいは現代人の精神について疑問や悩みがある
と感じる人にとって、本書が解決の糸口となることを願ってやまない
(あきら)
出版社のサイトに飛びます:https://www.nippyo.co.jp/shop/book/6388.html
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